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歴史と文化

HISTORY AND CULTURE

エイサーの原型とも言われ、200年以上の歴史があると言われる全国でも名高い「平敷屋エイサー」はじめ、 他に類を見ない特徴的な形をした綱が特徴の「平敷屋蛸綱引き」といった文化や、 標高70mの位置に作られ、眼下に中城湾やホワイトビーチを望む「平敷屋タキノー公園」や 戦争の痕跡が残り戦前の沖縄の製糖業の歴史と技術を今に残している「平敷屋製糖工場跡」などの集落の歴史を残す名所など、 平敷屋には特徴的な文化や名所が多数存在しています。

平敷屋エイサー

うるま市指定文化財(1999年3月10日指定)
平敷屋エイサーは平敷屋の伝統や文化を語る上で欠かせない最も重要な文化の一つです。
その歴史は正式な書物が残っていないため定かではありませんが200年ほどの歴史があると言われています。
沖縄で最も最古の形を残しているエイサーといわれており、最近では2020年東京オリンピックの閉会式で採用されるなど全国的にも注目されています。

平敷屋大蛸綱引き

平敷屋の綱引きは毎年旧暦6月に行われ、他の地域の綱引きとこは異なり胴(本綱)から8本の手綱出て、形も蛸に似ていることから蛸綱と呼ばれています
大蛸綱引きは通常4年に1回の頻度で行われており、その他の年では蛸綱引きの縮小版を使用した子ども綱引きが平敷屋の拝所前にて行われています。

平敷屋タキノー

うるま市指定文化財(1990年3月26日指定)
平敷屋の南側に位置する標高70mほど小さな丘です。
平敷屋区に伝わる言い伝えによると1727年に脇地頭として平敷屋に配属された、平敷屋朝敏が水不足に悩む農民のためにため池を掘削し、 その土を盛り上げてつくったのが「平敷屋タキノー」と言われています。
現在は「平敷屋タキノー公園」として整備されており、昔と趣を異なるものとしていますが、高台からは勝連半島を取り巻く太平洋を一望でき、 和文学者であった平敷屋朝敏の歌碑記念碑(1986年建立)や戦後の沖縄県の食料事情を大きく変えた「海から豚がやってきた」の記念銘板(2016年設置)などが設置されています。

平敷屋製糖工場跡

うるま市指定文化財(2015年1月26日)
平敷屋の南側、タキノー公園のすぐ近くに位置する製糖工場の跡地です。
1940年に平敷屋地域の11組のサーターヤー(製糖場)が合併して新設された共同製糖工場は、 4ヵ年ほど操業した後に戦争により米軍の攻撃により破壊されましたが、3基あった煙突のうち1基と貯水槽1基が残存しています。